未来のミライをみた

先日、同僚とアニメ考察を行なっていると、未来のミライが世間的には酷評されているが考察のしがいがある作品だということを知り、見に行ってきた。

私の場合は最初からわかりにくい作品だということを同僚から教えてもらっていたので、注意深く見ていたが、結局初見では映画の主テーマに気づくことができず、考察サイトを見てやっとわかったのでそこらへんの話をまとめたいと思う。

※以下ネタバレあり


未来のミライの主テーマについて

最初見終わったとき、この作品は4歳の男の子が未来の妹と出会うことをきっかけに、自分のルーツを探して行く中で兄として成長する物語だと思っていた。しかしながらそれは表のテーマであったようで、裏側に隠されたテーマに気づくことができなかった。

最初に違和感を覚えたのは物語の終盤、くんちゃんが「ありがとう!未来のミライちゃん!」(記憶が曖昧)と言ったときに、「私は今を生きてるよ!」とミライちゃんが言ったことである。この瞬間に、「あっこれミライちゃんが未来からきてると見せかけて、くんちゃんが未来に行ってる話なのか?」と思ったが、お母さんや街の風景は全く未来になってなかったし、そんなことも無いようだった。

そして映画を見終わった後、下記の考察サイトにたどり着いて、やっと納得することができた。

『未来のミライ』考察: 誰も気がつかなかった「10年観続けないとわからない」本当のテーマとは

どうやらこの物語の本当の主人公、というか視点は、くんちゃん(4歳)ではなく、未来のくんちゃん(高校生)らしい。

高校生のくんちゃんは(詳しくは明示されていないが)アイデンティティを失っており、自分とは何かがわからなくなり、うつのような状態になっている。そんな中、自分の祖先や親の子供時代、妹が家族になる瞬間を4歳の視点で回想することにより、「自分は家族によって愛され、様々な出来事があったおかげで今の自分がある」と認識し、未来へ進み出す物語なようだ。作品のタイトルである「未来のミライ(ちゃん)」はフェイクで、本当なら「過去の自分」が妥当かもしれない。とにかく、この物語は「不思議な力で未来からきた妹によって4歳児が兄として成長する話」ではなく、「アイデンティティを失った高校生が自分のルーツを辿ることにより、自分の存在を獲得する話」なようだ。

作中の象徴表現

最近何かコンテンツを見るときは象徴表現探しマンになっているぐらい象徴表現をさがしているが、本作で一番目立っていた象徴表現はやはり「木」であろう。くんちゃんは庭のカシの木に出会うたびに未来の妹と出会ったり、時間旅行を繰り返すこととなる。「木」という表現はルーツの象徴表現と考えられる。ルーツとはこの場合、家系を表し、家系図は木構造をしている。家系を木として表現する方法はヤバめの2DホラーゲームであるRusty Lake: Rootsでも使われている。また、作中最後でミライちゃんが「あなたはこの中から今のあなたのいるところを探さなければならない!」と飛びながら言っていたところは無数の木構造であった。たくさんの葉のある木構造の中から、今の自分がいる葉をただしくとらえることは今の自分を形作る様々な歴史を認識することで失った自分を正しく認識する表現となる。

物語冒頭では雪の表現があった。くんちゃんが無数の降り注ぐ雪の中から1つをつかもうとするとその雪はすぐに溶けてしまう。これは無数のアイデンティティというか自分を表ている。しかしくんちゃんは自分を見失っているので手に取るとすぐに溶けてしまう。最初雪の表現を見たときは、「あっこれミライちゃん死ぬな…」と思ったがとんだ勘違いだったようだ。

おもしろかったのはクライマックスの東京駅の表現。家出をしたくんちゃんは電車に飛び乗り、東京駅へとたどり着く。東京駅では家への帰り方がわからなくなり、迷子センターでスタッフに「自分を無くしたのですね」と言われる。「ここでは自分を証明できなければ新幹線に乗ることになり、行き先はひとりぼっちの国」。くんちゃんは必死に乗車を拒否するが新幹線は自分を証明できない子を吸い込んで行く。これはまさにアイデンティティを失ったくんちゃんの状況を東京駅で表現したものとなっている。アニメにおける駅は輪るピングドラムでもあったように「運命の乗り換え」を表す。つまりくんちゃんは運命の岐路に立たされているのである。さらに新幹線は在来線よりも一度乗ったら帰ってくるのにとても時間と労力がかかる。うつ状態という新幹線に乗ってしまわないように、ルーツを辿って自分を証明する必要があるのだ。東京駅で「自分を迷子になる」という表現、自分を証明できなければうつという新幹線に乗ってしまうという表現、どちらもとてもよくできていた。

自分を失ったときはルーツを辿る

誰にでも、私は愛されていなかった、自分がいる意味がないという感情になってしまうときがある。私もよく、自分を見失ってしまうことがあるが、そんなとき自分のルーツを辿ることによって自分は家系という大きな流れの中の1つであり、さまざまな出来事の積み重ねによって今の自分があることを再認識することができる。未来のミライはそのようなアイデンティティを失いかけた全ての人に、過去に立ち返ることを促してくれる、面白い作品だと思った。これを機に、一度自分の家系図も調べて、ルーツに立ち返って見たいと思う(ただし実家にはあまり帰らない)。

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